何故オフロードバイクなのか?
40半ばといえば、十分にいい歳こいたおっさんである。
おっさんといえば、アメリカンなり、ヨーロピアンなり、それなりに相応しいバイク、恐らくはビッグバイクのイメージというものがある。特に私の場合、体型を鑑みればアメリカンなんて相当に似合うに違いない。にも関わらず、何故私はXR250を朋友として選んでしまったのか、そろそろ冬眠明けを迎えて改めて考えてみることにした。
私が中型免許を取得したのは社会人になってからである。湘南地方という当時族のメッカに住んでいた私にとっては、学生時代は、バイクに対して必ずしもいい印象をもっていなかった。
ところが、就職して、毎週、神奈川と千葉を車で往復する生活をするうち、毎週月曜朝の首都高の渋滞に悩まされるようになる。なにせ、月曜朝は、空いているときの3倍はかかるという大渋滞。
そう、私がバイクを欲したモチベーションは、「渋滞をすり抜けて首都高を快適に通勤できる移動手段」にすぎなかった。
で、免許取得し、楽しい楽しい車種選び。およそ20年弱ほど前。時代はそろそろレプリカブームを迎えようという頃。国産メーカーも今より倍以上のラインナップをしていたかという華やかな時代である。首都高通勤を主目的とする私には、当然のごとくロードバイクに興味津々。
そこで、当時同じように、週末帰省をしていた師匠の名言を聞くことになる。

所詮舗装路しか走れないなら今ある車で十分だろう。
せっかく新しく乗り物を手に入れるなら、それでしか行けない所を走れる道具を買うべきだ。

ああ、今思い出しても名言!
オフロード走行やら林道ツーリングといった言葉も知らぬ私は、その言葉だけに感動し、中古のDT200Rを手に入れた。林道の知識はないが、そこまで薦めてくれた師匠である。きっと、私を色々な魅惑の世界に連れて行ってくれると信じて...
そして師匠は一度だけ丹沢に私を(イヤイヤ)連れて行ってくれた後会社を去ってしまう。
残されたDT200Rと私。
自力で林道を開拓し(って20年前は林道探す苦労は微々たるものだったが)、寺崎勉に憧れキャンプをし、さらにはエンデューロに参戦し、レースで事故り救急車で運ばれるまでに至る。

まぁ、そんなわけで、私にとってのバイクって、他の乗り物では連れて行ってくれないような所に連れて行ってくれるための道具であって、これからも林道遊びにいそしみたいなあ、なんて、冬眠明けの今、新たに思ったのでした。
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by honda_xr250 | 2005-03-16 00:04 | 日記
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